読解力を向上させる方法は読書!?

図書館

読解力を向上させたいと思っている人は多い。

様々な分野、教科の学習も日本では日本語を用いて行われている。

だから、どんな学習であっても日本語の能力(=ことばの力)が重要になる。

いざ自学自習で学習を進めようとしても、この根本的な日本語の理解力がなければ参考書や問題集を十分に活用することはできない。

もちろんFace-to-Faceの授業を受ける際にも、そもそも日本語理解力が乏しい学習者は指導者(教師・講師・親など)の教えを十分に受け取ることはできない。

読解力というと、教科の1つとしての「国語」で重要な力というイメージを持たれる読者もいるだろう。

しかし、以上のような理由で読解力を日本語理解力と定義付けると、それはあらゆる学習の基盤となる力だということが再認識して頂けるだろう。

「読解力」を上げる方法って「読書」なの?

さて、その読解力だが、これを向上させることに異論があるという人はいないだろうが、ではどうやって高めていけば良いのだろうか。

あなたは国語の成績を上げるために「読書をしなさい!」と言われた経験がないだろうか?

「読解力を上げる=読書」

この方程式は半分正解、半分不正解というところだろう。

「国語」の成績を上げるには…

そもそも、学校の国語の成績は、担任あるいは教科担任の評価である。日常の学習に記録や定期テストなどによって総合的に評価された数値である。

だから、その成績を上げるというのは、

  • 「授業で習ったことが理解できていること」
  • 「担任(教科担任)のテストに合格する(基準となるスコアを得る)こと」

これらがなければ上がりようがない。

つまり、たくさんの読書をして、それがたとえ非常に難しい専門書だったとしても、そのことがそのまま学校の成績を直接上げることにはならない。

もちろん国語とは日本語を扱う教科だから、日本語の表現方法や語い、日本語を用いた思考の枠組みなどが読書を通して身に付けられるわけだから、その点で学校の成績に好影響を与えるということは十分に考えられる。

教科書の本文を読める力(読解力)は読書のそれと何も変わらないでしょう。

ただし、それはあくまで間接的な要因と考えておいた方が良いだろう。

本が好き、読書が好きという人でも、必ずしも国語の成績が良いわけではないからだ。

ということは、日本語を学習する教科「国語」でさえも、読書が与える影響は教科書の本文を読めるようになるということで、総合的な成績を上げるための唯一絶対の力というわけではなさそうだ。

国語のテスト(定期テスト・入試など)で点数を上げるには…

では、テストについてはどうだろうか。

学校の成績は、教科書や学校の先生の授業にかなり左右されるものであるが、入試などの一般的なペーパーテストにおける読解力はどうなのか。

学校の国語の成績というものよりは、より一般的な読解力なるものに近いだろう。

はじめて見る(読む)文章について、いくつか設けられた問題をその場で解答していく、いわゆる読解問題というやつが国語のテストの定番である。

その時に必要な力とは、もちろん普段の読書のように文や文章を読む力である。

読む力といっても、これも細かく分けていけば、語彙力とか文法、構文、などなどということができる。

テスト全体でみれば、他に漢字の読み書きなども定番問題であるから、テストで良い点を取るには、それらの知識も不可欠なものである。

さぁ、それらテストで点を取る際に必要だと思われる力と、読書にはどこまでの関係がみえてくるだろうか。

もちろん、先の国語の成績の時と同様、文章を読む力としては、日常的に読書をしている人の方が「慣れ」とか「感覚」の部分では有利に働くこともあるだろう。

しかし、漢字や文法など暗記した知識をただ再現すれば良いタイプの問題は別として、いわゆる読解問題では、決定的に大事な力がある。

その力とは、ざっくりといえば「解答力」である。

文章の意味を理解する力を読解力というのであれば、ペーパーテストは、単に、文章の意味が理解できるというだけでは、つまり、「読書ができる」「読書経験が多い」というだけでは必ずしも高い点数が取れるわけではないのだ。

本文と選択肢の情報の吟味をし、微妙な因果関係、論理展開を捉え、正しい選択肢を選ぶ、あるいは、それを適確な言葉、表現で記述する。

テストで点数を取るためには、そうした解答する力が不可欠である。

「何をしたいか」、それによって行う訓練も異なる

「読書は成績を上げ、テストの点数を上げるためには意味のない、役立たないもの」

そう言いたいわけでは決してない。

読書は大事である。

ただし、それだけで何かすべてが変わるというような幻想は抱くべきではないということを言いたいのだ。

というのも、読書は読書で別に成績やテストの点数を上げるために生まれたものではない。

むしろ逆だ。

読書という行いが貴いものだからこそ、そうした学びを「国語」という教科にこめて学校で多くの人が学ぶのだ。

だから、究極的には読書をきちんとしていけば国語の成績だろうが、テストだろうが、そんなものは怖くもなんともない。

ただし、成績を取るにはそれなりの、テストで点を取るにはそれなりの、それぞれの不可欠のポイントがあるのだ。

それを理解していないからこそ「国語の成績をあげるには本を読め」などの言葉が独り歩きしてしまうのだ。

要は、何を目指しているのか、目的としているのか、そこが大事なのだ。

成績を上げたいのであれば、そのために必要な力を磨く訓練をすればいい。

すればいいというかすべきだし、しなければならない。

そう望んでいるのだから。

まずはテストの読解問題を素材に訓練していこう!

さあ、いろいろと述べてきたが、このパートのまとめは以下のようにしておこう。

成績だろうが、テストだろうが、趣味で本を読もうが、学校や仕事の関係で専門書を読まなければならないという状況だろうが、どういった状況であっても、国語の「読解力」に不安があると自覚している人は、まず自分のレベルに合った入試問題などの読解問題を用意し、それを素材として「読解力」を身に付ける訓練をしてほしい。

入試問題では、「聞く・話す」の音声言語以外だが、漢字や文法、構文、設問(情報吟味)などを総合的に確認できる。

単に、つらつらと自分のペースで読むだけでもなく、時に人が有難迷惑にも「ここってどういう意味?」とか「ここって何でそう言えるの?」ってツッコミ(設問)を入れてくる。

もちろんその設問自体の良し悪しなどはあるが、でも、おそらく自分よりも深く広く文章やそこに書かれた内容について知っている人(先生)が作っているのだから、それなりに理のあるツッコミなのだ。

それを利用しない手はない。

読解力とは、単に、言葉の意味が分かり、文法的な分析ができ、構文を的確に捉えられるだけでは不十分なのだ。

その先に、ある概念を理解する思考の枠組みのようなものが必要だったりもする。

その点はやはり先生に聞き、教えてもらうのが手っ取り早い。

まぁなかなか自分に合った先生が、自分が必要なタイミングでいないかもしれないので、それなら入試問題の問題集や参考書の解説部分は非常に使えるツールだ。

もう1つ、入試問題を進める理由がある。

もちろん、一つの本をじっくり読むのも大事だ。

しかし、人が読書をするのは、自分が新たな知識を手にしたり、何か物を考えるときだ。

(気晴らしなど趣味の読書もあるが、ここは勉強サイドの話なので割愛)

その時の読書としては、「熟読」以上に「多読」が重要だ。

あるテーマについて、複数の人が、それぞれ異なる立場から語る本がいくつか見つかったらしめたもの。

それらを比較することで考えは広がるし、深まる。

ただし、忙しい現代人、そうそう何冊も厚い本を読んでいられないこともある。

その点入試問題は専門家によって重要な個所が抜粋されているのだ。

しかも、入試問題ですから、当然、実施される時代で定説とされている思考や当時流行の思考が中心となった文章が使われることが多い。

つまり、現代において重要な思想が、適確に抜粋され、しかも、割と適確なツッコミまではいった形で目の前にあるのが、入試問題なのだ。

ほら、これを使わない手はない、と思ったでしょ!?

このパートの答えは、とりあえずこれにしておきましょう。

次回は読解力というものをもう少し違った点から考えてみたいと思います。

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