作文・小論文で思考力を高めよう!偏差値が高いだけの受験学力バカにならない学習方法

勉強は「テストのためだけ」にやるものではない!

当サイトにお越し下さいまして、ありがとうございます。

あなたがどういった経緯でこのサイトにお越し下さったのかは分かりませんが、少なくとも、「偏差値」や「受験学力」などに、あるいは、「作文・小論文」「読解力」について関心を持たれているからだろうと思います。

具体的に「作文・小論文の書き方」を知りたい、という学習意欲の高い方かもしれませんね。

あるいは、学校のテストや入試・受験などの「テストのための学習」に対して、何となく違和感を感じ、もっと役に立つ学習を進めたいと思っている方かもしれません。

このサイトは、そうしたあなたの思いに少しでも有益な情報を届けたいという趣旨でつくられています。

つまり、あなたやあなたの子どもが偏差値が高い、テストができる(=受験型学力)が高いだけで、実生活や社会的な問題の解決ができないような、社会で必要とされない人にならないための学習を提案していきます。

現時点で、「いかにテストで良い点を取るか」「少しでも偏差値の高い学校の入学すること」が学習の目的となっている方にとっては、一部不快な内容があるかもしれません。

しかし、はじめにお断りしておきますが、僕はテストや受験などを否定するつもりは毛頭ございません。かつての激しい受験競争の反省から「ゆとり教育」が登場しましたが、その「ゆとり」も「失敗だった」として、かつての「つめこみ」的な教育が復活するなど教育界も揺れ動いています。

僕自身は「ゆとり」は必ずしも悪いものではないと思っています。かといって、「つめこみ」を否定するわけでもありません。なんならティーンの学習者のうちに「つめこみ」せずしてどうするのか、とさえ思っています。

ただし、いずれにしても、やはりテストは学習の成果や不足している点を測るための手段です。入試は、入学後の学習に必要な基礎学力の有無を測り、入学にふさわしい人やその数を判定するための手段です。

だから、塾などの教育産業ならばいざ知らず、学校教育の現場であってさえも、その手段と目的を倒錯してしまい、手段であるはずのテストで良い成績を取ることが目的となってしまっている学習が行われている現実には不健全さを感じます。

そうした学習に対しては、やはり一定程度批判的に考える必要があると思っています。

なぜ勉強するの?何でこんなこと勉強するの?

あなたは何のために勉強しているのでしょうか?

あなたはあなたの子どもに何のために勉強させているのでしょうか?

「なぜ勉強しなければいけないの?」

「なんでこんなこと勉強しなければいけないの?」

多くの人が一度や二度、こんな疑問を抱いたことがあるのではないでしょうか。

それぞれ表現の仕方は異なると思いますが、共通して言えることは、それが子どもの将来、あるいは「幸せな未来のため」ではないでしょうか。

日々の学習を経て、テストを受け、成績を得る。それをもって入試を受け、良い学校に入る。高校、大学と進学し、最終的に良い企業などへの就職を経て、「幸せ人生」を生きる。

こうした人生を設計するためにこそ勉強をするのだと思います。

では、こちらのグラフをご覧ください。

離職率

何のグラフか分かりますか?

「短大等卒」「大卒」とありますが、このグラフのタイトルはこれ。

学歴別卒業後3年以内離職率の推移

(※引用元:厚生労働省ホームページ)

【グラフ】http://www.mhlw.go.jp/topics/2010/01/tp0127-2/dl/24-02.pdf

【関連ページ】http://www.mhlw.go.jp/topics/2010/01/tp0127-2/02.html

日々のテストや入試のために一生懸命に勉強して、やっと入学した大学。

大学3年生あたりから何十ものエントリをして、面接を経てようやく入社した会社。

しかし、新卒者のおよそ3割が3年以内に離職しているのです。

もちろん、理由は様々でしょうから、中にはやむを得ない事情があったり、ステップアップのための転職などというポジティブな要因もあるでしょう。

では、こちらもご覧ください。

neet

【引用元】厚生労働省HP:http://www.mhlw.go.jp/topics/2010/01/tp0127-2/12.html

この資料はいわゆる「ニート」の推移を表わしたグラフです。

増減はあるものの平成14年度以降、概ね約60万人がニートであると示されています。

これにも多様な要因が考えられますが、その1つに受験を経て高校、大学へと進学し、企業に就職していくという、従来の人生モデルが影響しているのではないでしょうか。

かつての日本は、大学進学者の数も現在よりは少なかったため、大学に行けば良い就職先が見るかる状態だった。さらには、企業に一度入社すると、定年(60歳程度)までは同じ会社で仕事を続ける「終身雇用」が一般的でした。だからこそ、多くの人は大学の偏差値ランクを過剰に意識し、少しでも良い条件の学校を探し、そこに入学するためにこそ学習を行ってきたのです。そして、大学に入学するやいないや勉強は二の次三の次、大学4年間で何をしたのかと言えば、アルバイトとサークル活動、2~3回の恋愛というようなことも決してめずらしいことではありません。そうした価値観が日本の大学を堕落させ、「レジャーランド」としてしまったのです。

そのレールになかなかなじめない人は、そこからドロップアウトするしかない。しかし、ドロップアウトするともう戻れる道がないかのようなプレッシャーが与えられる。だからみんな必死になって受験をしていたが、今はもう違う。多くの人がそうした単一的な価値観に「No!」を示し始めたのではないでしょうか。

少し前であれば、ニートなどは本人の意識の問題だなどという反応も多かったのでしょう。しかし、これは見方を変えれば、現行の教育制度や受験制度では、明るい未来が描けない人がかなりの数いるということです。つまり、テストや受験を軸とした教育制度は現在の社会状況とは必ずしも合わないことの現れとみることができるのです。

かつては、大学に行けば良い就職ができる、それがあるべき理想の人生モデルであった時代が確かにありました。

(歴史的にみれば学校や入試がそうしたことをまねくに至る原因も探れますが、その話題の詳細は別の記事で考えることにします)

だからこそ、みんな偏差値を上げ、大学に進学しようと苦しい受験勉強を耐え抜いてきたのです。

しかし、いまやそうした神話すら確実に崩壊してきています。

残念ながら、日本の偏差値ヒエラルキーの頂点、東大、京大出身でさえも、ただそれだけで、就職などの際に無条件で良いことがある等ということはなくなりました。慶応や早稲田出身だというだけで、じゃあ君に特別な仕事を与えようなどということはなくなってきました。仮に多少のメリットはあっても、それだけで未来永劫幸せな人生が歩めるわけではないのです。

そうした現実があるのに、多くの人は、それでも「少しでも偏差値が高いところに…」という理由づけで勉強を続けています。

むしろ、子ども達の学習を、テストや入試という点で何とかつなぎとめているといった方が現実に合っているでしょうか。

とにかく、僕はそうした在り方に不健全さを感じます。

というより、せっかく楽しいティーンの時間を勉強に費やしているのに、それに正当に価値づけられないままテストで縛り付けた学習を進めるだけなんて、モッタイナイと思うのです。

これからの時代に生きる子ども達は、何を勉強するべきなのか?

だからこそ、僕は、あなたやあなたの子どもの学習が無意味なものにならないように、このサイトで僕の思いや有益な学習方法などの情報を伝えていきたいのです。

子ども達は次世代を担う存在です。

その子ども達が確かな力を手にし、より良い社会を創造していくというのは、僕自身の利益でもあるからです。

だからこそ、僕は、あなたに、あなたの子どもにより意味のある学びを広げてほしいのです。

僕ができることは大したことではないかもしれないけれど、その1つとして「作文・小論文」「読解」という点、つまり「ことばの力」を磨き、「思考力」を高めるという点でのお手伝いなら可能であると思っています。

その点についてお話しする前に、ぜひこの動画をご覧ください。


特に、3:20あたりからの「人工知能」の例に注目してほしい。

すでに情報量とその処理において「人工知能」は人間の能力を超えているといいます。

では、その時の人間の「知性」とは、学習すべきことは何なのか、ということを考えるきっかけになるでしょう。

こちらも参考になります。

特に、5:35あたりからの「典型的知性と非典型的知性」に関する茂木健一郎さんのスピーチは注目してほしいと思います。

情報化、国際化社会と言われて久しい現在、そのことを無視して学習することはもはや時代遅れならぬ時代に逆行するようなあまり実りのない学習になってしまう恐れがあります。

それでも、かつての「サラリーマン型人材」モデルを目指した学習を進め、偏差値にこだわり大学に進学し、就職していく・・・そんな道をあなたは選ぶのでしょうか。

時代が求めている力は、そのもっともっと先にあるのに、そこを見ずにテストの結果ばかりに終始している学習に一体どんな未来があるのでしょうか。

茂木さんもスピーチの中でふれていますが、アップル社の創業者スティーブ・ジョブズ氏のスタンフォード大学でのスピーチはご覧になったことがありますか。まだの方、観たことがあるという方もぜひご覧ください。


いかがでしょうか。

特に僕は、最初のストーリーとして紹介されている「connecting the dots(点と点をつなぐこと)」が重要だと考えています。

いずれにしてもこれからの時代に求められている力、生きるために必要な力とは、ペーパーテストで測られる(測りやすい)単なる知識量やその処理能力ではないのです。

情報を吟味し、価値づけ、一見関連性の低い事柄同士から、新たな価値を見いだす力。

創造力とか編集力などと呼べる力、さらには、それを発信する力です。

これらをふまえると、一つ大切なことを再確認できます。

それは、やはりあらゆる学習、文化的・社会的活動の根底には「ことば」が深く関わっているということです。

ことばによって「考える」ことが不可欠だということです。

それらを効果的に身に付け、磨き上げていくこと、「生きる力」を身に付けるのが学習の本来の目的のひとつであるはずです。

この教育目標は、学校教育の基礎ともいうべき「学習指導要領」にも示されています。特に知性的な学習場面の大きなスローガンとしては「生きる力」その根本に「思考力・判断力・表現力」が位置付けられています。

学校教育の現場では、「ことば」に関しての学習は「国語」で扱われてきましたが、その多くが「読むこと」を重視した在り方をしてきました。最近は「書くこと」などの言語表現活動も重視されてきていますが、単に作文の宿題が出るだけというのも少なくありません。そうした流れの根本にはやはりペーパーテストという強力な装置があるからということもできます。(この点については別途ページを設けますので、詳細はそちらをご覧ください)

だからこそ僕らは「作文・小論文」に今一度目を向け、「考える力」を高め、自分の考えを表現する力を育成する重要さを再認識する必要があると思うのです。

テストや受験を否定するつもりはありません。でも…

誤解しないでください。

くり返し言いますが、僕は、学校のテストや受験を否定するつもりはありません。

高校、大学と進学し、サラリーマンになるライフスタイルを否定したいわけではありません。

しかし、同時に、時代や周囲の人・環境からの情報を鵜呑みにして、自分の行動を選択させられていないか、ということに思いを巡らせてほしいと思っているのです。それは、本当に自分が、自分たちが望むことなのかと。

その上で、今の自分の、自分の子どもの歩み方がやっぱり正しいのだと胸を張って選択していければ、それが「幸せ」につながるのです。

たとえ周囲の人が否定的に見るような行動や学習、仕事であったとしても、自分がプライドを持ち、自分の意志で選択しているとき、その営みは「幸せ」以外の何物でもないのでしょう。

要は、目の前のことに、自分の言動に、自分でどう価値づけるのかが大切なのです。

たとえきっかけは周囲の環境や時代や人によってもたらせられたものであっても、そのままでいるのではなく、自ら考え、判断し、最終的には自分で選択することが「幸せな人生」なのです。何を選んだかではなく、どう選んだのか、をこそ大切にして頂きたいのです。

そうであれば、たとえ自分の営みが「時代遅れ」「時代に逆行」だったとしても、自分にとって価値ある学びは少なくともできるはずです。そうであれば、「時代に合っていない」というのが問題なのであれば、単に時代に合わせてカスタマイズをするという瞬間があれば良いだけなのです。実りのないような、つまり、自分がたいして価値を見出していないものに全力を注ぐことがどれほど不幸なことなのかを今一度考えてみてほしいと思うのです。

もちろん、作文は、単にテストや提出物の1つとして取り組みのであれば、苦しい辛い面倒くさいだけの作業かも知れない。

ひとつの作品を作り出すには、基本となる知識があり、文や文章の書き方のルールがわかり、そのルールの活用ができることが前提となります。テーマや内容は多岐にわたります。もちろん、学校の教科学習のように、理科や社会などとはっきりと分けられない問題を扱うことも多い(というかほとんどがそう)です。

さらにそれだけでなく、その知識についてどのように価値づけることができるのかを考え、その考えをことばに乗せる作業を経て作文は完成するものです。だから、そこではもちろん「読む(理解する)力」「考える力」「書く(表現する)力」が求められます。

そうした人間の文化的・社会的な力の根本に真正面から向き合うことができるのが作文や小論文を書く場面だといえます。しかも、いわゆる「テストのための学習」とも無縁ではありません。

だからこそ、単なる入試のため、夏休みの宿題のためとしてだけのものとして「作文」を扱うのではなく、日常的に作文を軸として学習を設計してみてはいかがでしょうか。教科と教科をつなぐポイントにもなるし、日々のTVや新聞などで見聞きするニュースなどと自分を関わらせるポイントにもなります。

茂木さんが言うようなグローバルな視点の学習は、なかなか取り組むのが難しいもののように感じる人も多いでしょう。ジョブズ氏のような「天才」と自分や、自分の子どもは違うと感じる人もいるでしょう。

「大事なのはわかる、でも、いきなりそれは無理だから、まずはこれ」

という形でテストや入試のための教科学習をしているのが日本の教育の大方の現状なのだろうと思います。

でも、だからこそ日々の学習の延長線上に、そうした真に必要な、価値を見出せる学びを見据えておかないと、このままでは、高校に、大学に行ったら勉強しなくなるわけです。テストがなければ勉強をしないという本末転倒な、意味のわからない学習観が育ってしまうのです。

まずは、いきなりネイティブと議論できる英語力とか、プログラミングなどという少々身近ではない話題ではなく、今、目の前のある学習をちょっと違った視点で見つめることからはじめてみませんか。

さらに、世界の人と英語(または多言語)で議論をしていくその前提として、母国語である日本語で自分の思考を表現する力を養っておきませんか。

それであれば、いますぐ、多くの小中高生、大学生、あるいは大人だってできます。

その1つの解が「作文・小論文」などの言語表現活動を日々の学習のなかにもっと有機的に組み込むことなのです。

これが僕が「作文・小論文」を重視する理由です。その価値観によってこのサイトのそれぞれのコンテンツは作られています。

ぜひとも、あなたの、あなたの子どもの学習が、「テストが終わったら終わり」「誰かに勉強しなさいと言われなければ勉強しない」というさみしい結末を迎えないために、このサイトを活用して頂きたい。

疑問・反論・相談等、何かをお感じ頂けたら、ぜひメッセージをください。

それこそが、「ことばを使って考え、表現すること」そのものですから。

あなた自身やあなたの子どもが、単に「偏差値が高いだけ」「受験学力が高いだけ」の、時代遅れなヤツと評されるような人にならないことを心から祈っています。

スポンサーリンク
google大
google大